マダム C.J ウォーカー(1867~1919)
黒人向けヘアケア開発、女性起業家、アメリカ女性初の億万長者
ルイジアナの奴隷の両親6人兄弟の末っ子サラー・ブリードラブとして、奴隷解放宣言後にただ一人奴隷ではなく自由の身の黒人として生まれた。幼い頃に両親を亡くし、孤児としてミシシッピーに連れて行かれほぼ学校には通えず、教会の日曜学校で勉学に励んだ。14才の時に結婚をし一人娘ァレリアをもうけるが、20才で未亡人に。
娘を育てるため洗濯婦として働いている時に、自分自身を含む黒人女性の悩みであるフケや化学物質が含まれるシャンプーなどによる頭皮のダメージ、脱毛などにいい物がないかと模索している中、理容師の兄からヘアケアを学び、ヘアケア製品を販売するアニー・マローン社の委託代理店になったが、アフリカンアメリカンのコミュニティからは見向きもされず売り上げは思うようには伸びなかった。
そこで新たな知識を取り入れて独自の製品ラインの開発をはじめた。その頃、Charles Joseph Walker(チャールズ・ジョセフ・ウォーカー)氏と結婚をし、マダム C.J. ウォーカーと知られるようになった。
夫と自主製品を訪問販売をしながら、アメリカ各地へ注文販売へとビジネスを広げていき、数年後に美容室と美容学校を設立し、教育にも力を入れていった。1910年に本拠地をインディアナポリスに移し、マダム C.j ウォーカー製造会社を設立。自社製品を正しく使用するために『ウォーカーシステム』を美容師たちに教育し、海外からも注文が殺到し、さらに売り上げを伸ばしていった。
マダム C.J. ウォーカーは、黒人女性としてではなく、アメリカ女性初の億万長者になった起業家として偉業を成した人である。ちなみに娘のァレリアも母の跡を継ぎビジネスウーマンとして有名である。
マダム C.J. ウォーカーの製品(グリセリンと硫黄を混ぜた物が主成分)
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